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Category: 韓国の歴史

第25代王「哲宗」(チョルジョン)1849~1863年

第24代王憲宗が子をもたず、22歳の若さで亡くなった為、 正祖の弟・恩彦君の息子である全渓大院君と龍城府大夫人廉氏の 三男(英祖が米びつで餓死させた荘献世子の曾孫)として生まれました。 恩彦君には本来息子が3人いましたが…Read More…

第24代王「憲宗」(ホンジョン)1834~1849年

憲宗は、1830年に第23代純祖王の子、孝明世子が世を去り、 1834年に純祖が薨去すると、わずか7歳で即位しなければなりませんでした。 純祖の妃である純元王后が摂政となっていましたたが、安東金氏 (純元王后の実家)と豊…Read More…

第23代王「純祖」(スンジョ)1800~1834年

純祖は、正祖の次男で孝懿王后の養子として迎えられました。 兄・文孝世子の死後、1800年に10歳で世子になり、同年に 即位しましたが、英祖の2番目の皇后だった貞純王后の摂政で 政治を主導しました。 貞純王后は正祖が進めて…Read More…

朝鮮王朝の王の妻(側室)の呼び名

朝鮮時代の国王後宮の側室の地位と呼び名は「品階+姓」で呼ばれました。 正一位 嬪(ピン) 従一位 貴人(キイン) 正二位 昭儀(ソウィ) 従二位 淑儀(スギ) 正三位 昭容(ソヨン) 従三位 淑容(スギョン) 正四位 昭…Read More…

第9代王「成宗」(ソンジョン)1469~1494年

第7代国王世祖の第1王子李暲(懿敬世子)の第2王子として生まれました。 母は懿敬世子嬪韓氏(仁粋大妃)。成宗は王道政治を貫き通した名君と して知られており、士林派を積極的に登用したのも成宗の時代に 入ってからと言われてい…Read More…

第8代王「睿宗」(イェジョン)1468~1469年

第7代国王世祖の第2王子でしたが、世子だった兄懿敬世子(桃源君)が 病の為早世した為、代わりに1457年に王世子となり、1468年に即位しました。 貞熹王后の摂政と重臣の補佐で国王の権力は大きく弱体化しました。 睿宗の治…Read More…

第7王「世祖」(セジョ)1455~1468年

第4代国王世宗の第2王子であり、第3代国王太宗の孫でした。 1452年に兄の文宗が没し、自らの甥にあたる端宗が11歳で即位すると、 弟の錦城大君とともに王を補佐する役割を担いますが、弟の安平大君や 端宗を補佐する大臣らを…Read More…

第22代王 正祖(ちょんそ)(イ・サン)1776~1800年

韓国時代劇のドラマ『イ・サン』、『三銃士(パク・ ダルヒャン)』や映画『王の涙-イ・サンの決断-』の 主人公として有名な正祖(チョンジョ)ですが、 王になる前から何度も命の危機にさらされました。 21代王・英祖の息子荘献…Read More…

第21代王「英祖」(ヨンジョ)1724~1776年

粛宗の次男にあたり、母は和敬淑嬪崔氏あのドラマで有名な 「トンイ」です。 朝鮮王朝の歴代君主中最も長生きした君主であり、在位期間も およそ52年間と最長記録をもっています。 1699年に延礽君に冊立された。生母・淑嬪崔氏…Read More…

第20代王「景宗」(キョンジョン)1720~1724年

粛宗の長男であり、父の粛宗は彼の誕生を非常に喜んだとされ、 側室の張禧嬪は一旦は王后になりますが後に前の仁顕王后が復位し、 張禧嬪は嬪に降格し、後に仁顕王后が亡くなった時、呪詛したとして 賜死します。 にもかかわらず3歳…Read More…