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7日の王妃のあらすじ


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「七日の王妃」はたった7日間、朝鮮の歴史上最も短い時間の間王妃の座に上り、廃妃になった悲運の女性である端敬王后シン氏をめぐる、中宗 と燕山君 のラブストーリーを描いたロマンス時代劇です。

高官の娘でありながら、父親から疎まれ、田舎で乳母と二人、村人達と仲良く暮らしていた。シン・チェギョンは、父母の住む首都である漢陽に行ってみたいと思うようになる。

その頃漢陽では燕山君の異母弟の晋城大君との婚礼の話が浮上していた。

ある日乳母が下男に託した手紙を盗み、男装で漢陽の父に会いに行った。

そのころ漢陽では燕山君が王座について5年目、王は前王が遺言し、どこかに隠されているといわれる密旨に書き残された異母弟の晋城大君(ヨク)が成人したら王位を譲るよう言い残したことに対し、弟に王位を取られることを恐れ、晋城大君を遠ざけるようになっていた。

チェギョンは、漢陽へ行く途中でぶつかってきた不良たちに食ってかかるも無視され、目の保養に行くという不良たちの後を追うと、山中の小川で水浴びをする女人をのぞき見し、裸体を描いているところを見つけ、大声で注意をすると、女人たちは大声をあげながら逃げ去った。

不良達に追いかけられながらも振り切ったチェギョンは、町に戻って父への土産にサンショウウオの水差しを買おうとするも、またもやあの不良たちと取り合いになり、言い合っているうちに、財布と手紙の入った袋をすられてしまい取られてしまい、探しているうちに不良たちはさっさと買って去ってしまう。

実はこの不良のヘッドこそが、燕山君の異母弟の晋城大君(のちの中宗)のヨクだったのだが、チェギョンはヨクが盗んだものと思い込み探し回る。

チェギョンはヨクが白馬に乗っているのを見かけるもみうしなう。文無しで手紙も取られ、父に会いに行けなくなり、途方にくれたチェギョンはヨク乗っていた白馬を見かけ山中に追って行く。

しかし、白馬に乗っていたのは燕山君だった。

燕山君は、か弱い男の子に見えるチェギョンに金を貸し、宿場で一緒に酒を飲み、一晩泊まったが、あやしい宿場で毒入りの酒を飲まされ、倒れた二人は死体の沢山置かれている納屋に捨てられた。

目覚めたチェギョンは、燕山君を納屋から救い出し、城下の門のところで倒れる。

目覚めた燕山君は今度会ったら恩返しをするという手紙を残し、チェギョンを医者に託す。

一方、チェギョンの父である重臣のシン・スグンがチェギョンを遠ざけたのは、燕山君から娘を晋城大君(ヨク)に嫁がせるように命じられており、宮中と姻戚関係になることを避けたいためであった。

後に、晋城大君(ヨク)の婚姻相手として紹介され再会し、始めは反発していたものの、共に過ごすうちに心を通わせていくと同時に、燕山君も他の女性とはちがうチェギョンに興味を持ち、淡い恋心を抱き始める。

そんな中、ヨクとチェギョンは事件を起こし、大激怒した燕山君は、結婚の約束をした2人を引き離してしまう。ヨクとチェギョンの初恋と、燕山君の秘めた愛が絡みあう中、燕山君は何も知らないチェギョンにヨクを見張って挙動を報告するすることを約束させ、ヨクとチェギョンを婚姻させる。

その頃ヨクは王にとってかわるため”タニシ”という組織を作り、官僚の裏金などを盗み、金や物資を貧困にあえぐ民に施して民から一目おかれていた。

ヨクはチェギョンを守るために、燕山君に前王が残した密旨を渡し、王位をあきらめ、チェギョンと都を去って田舎で隠遁生活を送ると言い、”タニシ”を解散した後二人は都を出た。

これで、少しは良い王になると思われたが、燕山君はまだ不安を払拭できず、”タニシ”の頭が名乗り出なけらば、”タニシ”から助けを受けた民を見せしめとして一日10人ずつ殺すとお触れを出し、罪のない民たちを殺していった。

このままでは大虐殺が起こることを案じた”タニシ”の仲間で、密旨の件を知っていた史官の息子ソノが自分が頭であると名乗りでて、拷問の後斬首された。

それを見たヨクは王宮に乗り込むが燕山君に陥れられ、逆賊として捕まってしまう。ヨクを追ったチェギョンもつかまり、燕山君はヨクが謀反を起こせないように足の筋を切る刑を言い渡し、チェギョンの見ている前で実行させ、二人を遠くに追いやった。

それでも安心できない燕山君は、これを機に暴走するようになり、チェギョンを幽閉し、自分の母親を陥れたとされる先王の側室たちを棒で撃ち殺し、母の死に関係した者たちを次々と殺していく。

ヨクは燕山君を排除するため、怪我のため家に閉じこもったふりをして仲間たちと王を排除する計画を練る。

地方に隠れていた”タニシ”たちが王ににらまれて左遷されていた士人たちと結集し、各地域の首領たちと手を組み、王を倒して朝廷を掌握しようと進撃し、燕山君を捕獲したが、チェギョンの両親は反乱軍に燕山君の忠臣とみなされ殺されてしまう。

ヨクはついに王になり、燕山君は流刑になった。重臣や大王妃の反対の中、チェギョンは王妃となるも長くは続かなかった。

ちょっと悲しいお話でしたが、最後の演出はホッとするものでした。

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【端敬(たんギョン)王后慎氏(チェギョン)と第11代国王中宗に関する実話

端敬王后は第11代国王中宗の王妃で、2人が結婚したのは中宗が即位する前、晋城大君時代でした。

暴君だった燕山君に反発した臣下たちが謀反を起こし、燕山君を追い出した家臣たちが中宗の家を取り囲んだとき、燕山君が殺しに来たと勘違いして自害しようとした晋城大君を落ち着かせ自害をとどまらせたのが妻・慎氏だった。

こうして晋城大君は王位(中宗)に就いた。

ところが、功臣たちは彼女が燕山君の正妃の姪で、しかも父・シン・スグンが燕山君の側近だったことから彼女をお王妃に冊封すべきでないと反対され、まだ王になったばかりの中宗は、愛する妻を王妃になって間もなく廃妃させられてしまった。

この悲しい史実は「赤いチマ岩の伝説」として韓国で語り継がれており、中宗は、妻に会いたくなると小高い場所から妻の実家のある方を眺めていたそうです。

それを聞き知った慎氏は、家の裏山の岩の上に、自分がよく着ていたチマを広げておいたといわれています。

2番目の王妃・章敬王后(チャンギョンワンフ)が仁宗を出産後に死去すると、3番目の王妃・文定王后を迎えた。中宗は、2人の王后と9人の後宮(側室)を娶り、9男11女を得た。一方、中宗との間に子供のいなかった慎氏は、中宗より13年も長生きして生涯独り身で70歳で世を去った。

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【中宗はチャングムに出てくる王様】

チャングムに出てくる王様はこの中宗で、この頃の王妃は3番目の王妃・文定王后でした。

チャングムのストーリーの中で、王様がチャングムを側室に迎えようとした時、王様はまだ王になる前に愛した妻がいて、離縁させられてからもその妻が丘の上からチマを振っていたが、わざと見なかったという話をしたのを覚えています。

廃妃を偲んでいることが知れると、端敬王后に何か悪いことが起こることを危惧して、我慢したようです。

それぞれ別々のドラマですが、話がつながって面白いですね。

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